50代・無職・離婚。「人生終わった?」と思った夜、私が最初にしたこと

50代 無職 離婚
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50代・無職・離婚。「人生終わった?」と思った夜、私が最初にしたこと

以前の記事で少し触れましたが、離婚を決意した日から、私は自宅に帰れなくなりました。
ちょうど東京にいた時でした。

警察沙汰になるようなゴタゴタもあり、気づけば50歳の誕生日を迎える年でした。無職、住む場所もない状態。
長年専業主婦をやっていた私が、突如、準備もなく生活する場所を失い
「終わった?」という言葉が頭の中をぐるぐる回っていました。
生活できる?どこに住むの?何して働くの?老後はどうなる?

今日は、無職で何の離婚の準備もなく、離婚を決意した日から私が実際にどう動いたかのお話しをします。


目次

とにかく「住むところ」を確保する

あまりにも急な展開だったので
一番最初に考えたのは「今夜どこで寝るか」でした。

兄弟を頼ろうかと思いましたが、旦那が知っている場所へ行くことは
避けようと決めました。兄弟巻き込んでゴタゴタしたくなかったです。

警察にも相談していたので
そのとき初めて知ったことがありました。

「安全な場所で保護を受けられる制度がある」
と説明を受けました。
私の記憶では、スマホは持ち込めない、あるいは利用が制限されると聞いたように思います。
安全を守るための配慮なのだと感じました。

その警察の話を聞いたとき、
「本当に逃げ場がないわけじゃないんだ。助けてくれる人がいる」
と思えたことを、今でも覚えています。

当時の私は、そんな制度があることすら知りませんでした。

もし今、怖くてどうしたらいいか分からない人がいるなら、
一人で抱え込まず、警察や配偶者暴力相談支援センターなどに相談してみてください。
(ニュースでストーカーやDVの事件が報道され、警察等に相談しても役に立たないイメージが
ありましたが、その時は感じませんでした。親身に対応してくれたと思いました。)

※一時保護の運用や持ち込みルールは、地域や施設、状況によって異なります。
詳しくは警察や配偶者暴力相談支援センターにご確認ください。

私はその制度を実際利用することはありませんでした。
仕事や住む場所がない状況で、スマホが持ち込めなくて、情報収集できないのは不便と感じましたし、
ある程度、身の安全は自分で確保できると判断したからです。

とりあえず、ネットカフェに行きました。
もうあの家、自宅に帰らなくていいんだって、僅かにホッとしている自分もいました。

貯金は無いに等しい、とにかく家賃が安いことが絶対条件。都内のシェアハウスを探しました。
最低限の生活を確保するため女性専用のシェアハウスで家賃・水道光熱費込みで月5万円で4.5畳の個室、個室には備え付けベッド、冷蔵庫、机、エアコンがありました。
共有エリアにはトイレ、キッチン、洗濯機(乾燥機付き)シャワー室(浴槽無し)。
これで行こうと決めようとしていました。

でも、シェアハウスを借りるのに、通帳が必要でした。ネット銀行は持っていたものの、通帳がないと受け付けて貰えないとのことでした。

通帳を作るには、現住所か勤務先の近くでないと作れない。
勤務先は無いし、自宅の方へ戻らないといけない。正直、自宅の近くに行くのには抵抗がありました。
でも仕方がありません。
万が一、旦那とバッタリ出会ってしまったら、即110番と走って逃げやすい服装を意識しました。

余談ですが、この経験のあとにジュリア・ロバーツ主演の『愛がこわれるとき』という映画を見て、思わず自分を重ねてしまいました。あの映画も、名前を変えて知らない町で新しい生活を始める話でしたが、「見つかるかもしれない」というあの緊張感だけは、痛いほどわかる気がしました。

自宅と実家が近かったので、高速バスを使って実家の兄弟に一旦頼り、翌朝、兄弟が出勤する時に、
最寄りの銀行近くまで車で送ってもらいました。

銀行では、口座は何に使う予定なのか、聞かれました。
給与振り込みの為と答えたのか、何かの引き落としのためと答えたのか今は、覚えていません。
とりあえず、通帳は作成できました。
子供に借りた20万円を通帳に入れました。

次は、無職・無収入の50代女性が、保証人もなしに賃貸契約を結べるのか。
正直、その不安が大きかったです。

今思うと、財布に身分証明書とか入ってて良かった(思わず笑ってしまった)。
ハンコも持っていました。

DVから逃げる準備というと、荷物をまとめることや相談窓口の話はよく見かけますが、正直「通帳をどう用意するか」まで教えてくれる情報にはほとんど出会いませんでした。専業主婦で口座の管理を夫に任せていたり、通帳自体を手元に持っていない人は、いざという時にここで詰まってしまうかもしれません。もし今、同じ不安を抱えている人がいたら、動ける今のうちに自分名義の口座と通帳だけは手元に用意しておくことを強くおすすめします。

銀行から東京へ向かうため最寄駅へ向かいます。
最寄駅までは12.2キロ。路線バス代を節約するために
歩きました。

歩きながら、ふと私が
離婚を決意したことを知り合いの女性に報告しようと思いました。
それを知らずに、旦那と会ったあり連絡したりされることを避けるためでした。


離婚を決意した50代、無職の私に突然差し伸べられた手

「東京じゃ無いけど⚪︎⚪︎に空き部屋があるから、当分そこ使ったらいいよ」
「だって大変でしょ?家賃かからないほうがいいでしょ?仕事もそこで探したらいいよ、一緒に探してあげるよ。」
「今どこにいるの?今から迎えにいってあげる」

「今すぐ迎えに来てくれるの?」
そんな言葉が返ってくるとは、思っていませんでした。

東京では無いけれど、ある程度旦那のいる自宅からの距離があっていい場所でした。
信じられない。こんなことってある?

だってその知り合いは以前、一度しか会ったことがなかった女性で
甘えていいのだろうかという言葉が、頭をよぎりましたが。一人では心細い気持ちだったので、
シェアハウスの契約をキャンセルし、素直に甘えることにしました。

昔の私は、誰にも迷惑かけず、何とかしなきゃっていつも思っていた。
その時は、その考えを捨てました。
頼ってみようと。

今振り返っても、あの時この一言に救われたことは間違いありません。
ただ、こういう「たまたま頼れる人がいて、その人が信頼できる人だった」というのは運の要素も大きいので、
頼れる人がいない場合にどうするかは、また別の記事でお金の制度も含めて詳しくまとめようと思っています。


収入ゼロは怖い。とりあえずのバイト探し

住む場所のめどが立っても、次に襲ってきたのは「収入がゼロ」という恐怖でした。

住む場所を提供してくれた人は介護の仕事をしていました。一緒に仕事を探してくれましたが、良さそうなところは条件が合わなかったり、募集自体がなかったり。
とにかく今すぐお金が必要だったので、ネットに載っていた温泉街のホテルの清掃バイトを始めました。

正直、かなりきつい仕事でした。掃除機担いで、部屋から部屋へ走っている感じでした。
それでも「収入がゼロではない」という事実だけで、少し息ができるようになった感覚を覚えています。


ハローワークで知った、お金をもらいながら資格が取れる制度

50代で専業主婦で仕事を探すとなると、職種、給料もかなり限られると感じました。
清掃バイトを続けながら、いつまでこの仕事やるのかな、自分のやりたい仕事は何だろう。
そんな仕事見つかるかな。藁にもすがる思いでハローワークに足を運びました。

そこで教えてもらったのが、収入の少ない人が、給付金をもらいながら資格取得の勉強ができる制度でした。
その時紹介されたのは介護の「初任者研修2ヶ月」と「実務者研修6ヶ月」の2つのコースがあり、当時の記憶では月8万円ほどの補助が出て
募集人数に満たない場合は、実施されない。
との説明でした。

正直、資格の内容より、補助が凄く魅力的でした。

初任者研修か、実務者研修か

初任者研修は2ヶ月、実務者研修は6ヶ月。期間だけ見れば初任者研修の方が早く動けます。
当時の私は、離婚もまだ成立しておらず、警察とのゴタゴタも続いている状態で、「今すぐ働き先を決める」より「長い期間、身分と収入が保証される場所が欲しい」
という気持ちの方が強く、より上位資格が取れる実務者研修の方を選びました。

「介護かぁ」という正直な気持ち

ハローワークで職業訓練を紹介された時、正直「介護かぁ」と思いました。良いイメージはあまり持っていませんでした。

ただ、母が介護施設にお世話になっていた時期があったので、まったく縁のない世界ではなかったのも事実です。
何より、お金をもらいながら学校に通わせてもらえて、資格まで取らせてもらえる。
この状況で、それがどれだけありがたいことか、痛いほどわかっていました。

こうして私は、実務者研修の学校に通うことを決めました。
募集人数満たして、実施されることを祈るばかりでした。

もし今、同じ状況なら

もし今、生活を立て直したい、資格を取って働きたいと思っているなら、一度ハローワークに相談してみることをおすすめします。

  • 職業訓練(ハロートレーニング)
  • 求職者支援制度(条件を満たすと給付金を受けられる場合がある)
  • 雇用保険を受給している人向けの公共職業訓練

※制度は状況によって利用条件が異なります


まとめ

家に帰れなくなったあの夜、頭にあったのは「終わった」という言葉だけでした。
でも実際に動いてみると、住む場所は思いがけない形で見つかり、収入はゼロにならず、資格を取る道まで開けました。

もし今、同じように「明日からどうやって生きていけばいいのかわからない」と検索してこの記事にたどり着いた人がいたら伝えたいです。
今はまだ何も見えなくても、動いているうちに道は開けていきます。

次回は、支援措置で、旦那に住所を知られないようにした話を書きます。

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